2004年04月25日  読谷村感傷

20040425.jpg去った土曜日に宜野湾市民会館にて大宜味村出身者で構成する芸能公演がありました。父も事務局や演奏者で参加する関係で私に垂れ幕の依頼がきたのです。それも8メートル、2メートルと長いため読谷のお友達の先生の教室で書かしてもらいました。夜から読谷村に車を走らせました。久しぶりにその教室を使わせてもらうことになったのですがそこは私にとって忘れられない思い出の場所でもあるのです。もう4,5年前になるのですが書道の高段位の試験勉強をした場所なのです。一日中筆を動かしていたのです。へこたれそうになる私に読谷教室の先生は褒めたり怒ったりしながら共に勉強してくれたのでした。そして試験勉強も3年目になり最後の八段位を受験という時に私はオンライン書道をはじめていてオーストラリアのメルボルンに行ってしまったのです。帰ってきて受験まで後一月あまり・・・。もちろんあきらめていました。そんなある日、一枚のFAXが送られてきたのです。「そろそろ勉強はじめましょう。竹崎姫を受験させる会、会長」とありました。そして再び読谷村に車を走らせる日々が続いたのでした。出遅れた受験勉強は理論も山ほどあり朝から寝るまで夢中で勉強しました。受験日に京都に行くため「特急はるか」に乗り込んだ時も勉強していました。そして合格したのです。あの日FAXがなければ私は今更間に合わないと受験をあきらめていました。あれから何年も月日が経ち、受験させる会、会長と私はなかなか会うことも少なくなりました。それぞれの道を進むのに日々あわただしく過ごしているのです。今回、父の依頼のおかげで久しぶりに読谷教室に座り、あの頃を思い出していました。これからも勉強が続きことには変わりはないのですがあの体がいたくてしかたがないほどの練習の日々は「ものすごく幸福の時間」だったということを感じていました。書き終えて深夜の農道を車で走ってると雨が降ってきました。

投稿者:gyokusyu/エッセイ

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