2005年10月26日  ニューヨーク紀伊国屋にて

20051026_04.jpg今回の旅の目的の一つであるニューヨークの紀伊国屋イベントは予定の時間を一時間以上超過してしまうほどで本当に大盛況でした。紀伊国屋の皆さん、お世話になりました。ありがとうございます。場所がロックフェラービルの前で行なったため道行く人々も立ち止まり沢山の方々と接する事が出来て嬉しかったですね。それにしてもロックフェラーというお名前は知っていたのですがすごい車がビルの前には何台も止まり運転手さんたちがご主人様をまっていました。それにしても車がこんなに長いなんて・・・。すごすぎる。運転手さんと最後尾に座っている方は声が届くのだろうかと思うほどでした。マイクがあるのかなーなどと考えてしまうロックフェラービル前でした。朝の11時に始まり終了したのが夕方6時前で、あっという間に終わった気がするほど楽しい時間でした。

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2005年10月26日  忍者くん

20051026_03.jpgレストラン蘭でパフォーマンスをしていたら「忍術」を習っているという方がいました。日本人?と思ったのですが彼は英語しか話せませんでした・・。本も是非欲しいとATMに走り買ってくれたのです。「忍術」というのは水の上を走ったり手裏剣シュッシュッというのではなくいろんな拳法や棒術、空手などを総称していうようですね。思わず忍者服部君の衣装を着た彼を思い描く私でした。とてもきびきびした爽やか青年なのでした。彼のリクエストの文字は「無造作」でした。一枚は道場、もう一枚は自宅に飾ってくれるそうです。またお会いできるといいですね。

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2005年10月26日  ニューヨーク行ってきました!!

20051026_01.jpg無事にニューヨークから帰ってきました。帰ってから家族の法事やなにやらでせわしく戻ってすでに一週間もたってしまいました。今回の旅はチーム和さんと一緒だったのでもう楽しかったですねー。写真は宿泊しているドミトリーから早苗ちゃんが撮った「摩天楼と月」です。着いてから二日間は雨でまず傘を手に入れることから始まりました。これから「ロックフェラーセンター前での本出版のPRデモンストレーション」、「レストラン蘭」でのパフォーマンス」等等、どしどしアップしていきますね。毎度の事ながらどこに行っても人の御縁の不思議さ、大切さにしみじみ感じ入るしだいです。ニューヨークの皆さん、ありがとうございました。そしてチーム和の皆さん、お疲れ様でした。


http://www.minnade-washoi.com

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2005年10月26日  シェフ再び。

20051026_02.jpg去年の五月にニューヨークに行った際知り合いすごくお世話になったシェフ、フレデリックさんです。お元気かどうか気になっていたのですが相変わらずのシェフで安心しました。雨のせいでお客さんがいないといってシェフ自らいろいろとサービスしてくれたのでした。しかし相変わらずの量の多さに「ギブ・・・」とつぶやいたり・・・。本の出版も喜んでくれて何枚も写真撮影に応じてくれました。ありがとーシェフ!。最近は心臓が悪くなったとの事でお店ももうすぐ閉めるそうですがあの甘い、甘すぎるほどのケーキはしばらくたって思い出すと食べてくなってくる不思議なケーキです・・。店が閉まる前にもう一度シェフの料理を食べたいですね。どうかお元気で。

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2005年10月25日  琉歌の音階とリズム

琉球音楽は、「琉球音階」という独特の音階をもっている。琉球音階は沖縄本島始め宮古、八重山、与那国、与論、沖永良部島に分布し本土にはないと言われている。この音階は、ド・ミ・ファ・ソ・シで構成され西洋音階のレとラがない。これは小泉文夫氏が確立した理論だといわれている。小泉氏は民族音楽研究者で東京芸術大学音学部教授でもあった。琉球音階に似た音階を持つ音楽はインドネシアやチベット等アジアの広い地域に分布し、沖縄地方にのみ存在する孤独な音階ではないようである。琉球音階が存在する地域の音楽がすべて琉球音階のみで構成されているかといえば、それは違う。琉球古典音楽や琉球民謡には律音階といわれる音階が琉球音階を主とする曲の中に頻繁に顔を出す。又八重山民謡には律音階の曲が多い。

琉球音楽のリズムは、沖縄地方における祝宴やイヴェントのおひらきに演じられる「カチャーシ」と称する早いテンポの踊りに如実に現れている。これは沖縄地方人々の本土とは全く違うリズム感によるものであるという。このリズムについて小泉氏や金城厚氏は「後打ちリズム」言っている。その一例を沖縄民謡のかけ声でみると|・ サー| ッ サ|、|・ ハ | イ ヤ|というようにかけ声の前に時間的空間がある(・は休符)。しかし琉球音楽楽譜ではその表記は未だ確立されていない。

*小泉文夫(1927年〜1983年) :民族音楽研究者、元東京芸術大学音学部教授。1997年琉球大学非常勤講師。亡くなる2ヶ月前にも沖縄シンポジウムに出席するため来沖。
*金城厚 :県立芸術大学音学部教授。沖縄音楽の構造を研究で有名。

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2005年10月25日  琉歌とは

琉歌は、主として沖縄や奄美地方に伝承されて来た、短詩形で、8、8、8、6(サンパチロク)の30文字を基本形としている。しかし、上句を5、5または7、5の文字、いわゆる和歌の形式を取り入れ、下句を琉歌の8、6の文字を取り入れた、和琉折衷形式の歌もかなりある。琉歌という呼び名は和歌に対する呼称といわれている。琉歌がいつ頃成立したかは定かではないが、15世紀末という説がある。三線が中国から伝来したのが14世紀末といわれていることからすると、およそ100年遅れて琉歌が成立したことになる。

16世紀末に、オモロや琉球三線音楽に秀でた「赤犬子(アカインコ)」という伝説上の人物がいて、三線を弾き、オモロや琉歌を歌い村々を巡ったという。彼をほめ讃える歌に「歌と三線の昔はじまりや、犬子ねあがりの神の御作」がある。この歌詞は、琉球王府最後の王尚泰の命により野村安趙(あんちょう)が1868年に編纂した「工工四(くうくうしぃ)」の巻頭言にも記されている。

18世紀中頃に編纂された琉球音楽譜「屋嘉比工工四」に楽曲と共に多くの琉歌が載っている。又18世紀末に編纂された最も古い歌集の一つといわれる編者不詳の「琉歌百控」にも数多くの琉歌が集録されている。琉歌はもちろんメロディーがなければ成立しないということでは無い。しかし琉球古典音楽も民謡も、基本的には30文字にあてはめられているので、自分の好きな曲あるいは歌詞に合う曲に乗せて歌う事が出来る。

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2005年10月09日  ニューヨーク行ってきます。

教室の引越し、ショップオープンの中で完成しました「Japanese Kanji Calligraphy」です。去年の五月ニューヨークに行った際、絶対に本を作ろうと思い立ちました。でもはじめてみるとやはり思った以上に大変でしばしば退き戻ろうかと考えたりしたこともありました。今は完成した本を手にして「本当に出来たんだね」と本に語りかけているところです。来週の水曜日からはこの本を持ってニューヨークに行ってきます。去年お世話になった方々へ本の出版をご報告したいこともありますがいろいろとデモンストレーションをする事になると思います。ニューヨークの皆さん、またしてもよろしくお願いします。生徒の皆さん、しばらくお休みになりますが沢山お土産話を持ってきますのでお楽しみにしてて下さいね。ニューヨークからも毎日の出来事をアップする予定です。

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2005年10月09日  ハイビスカス

20051009.jpg今日は良い天気で本当に運動会日和です。私の生徒もほとんど今日が運動会のようですね。毎日学校帰りに「疲れたーっ。」と言いつつ練習にやってきていました。暑いぐらいの今日の天気では応援の家族の方も日焼けしつつ声援を送っていることでしょう。皆。がんばってね。体育着を着ながら登校する子供たちを見ながら庭の花に水をかけているとあんまりハイビスカスが綺麗なので写真を撮ってしまいました。子供達にがんばれーっと言っているようにすっきりした色合いです。

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2005年10月08日  本を出版しました。

10月に長年の夢だった「japanese kanji calligraphy」の本が出来上がりました。筆文字だけではなく日本語の成り立ちや仕組みにかなり深く説明しています。

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