琉球音楽は、「琉球音階」という独特の音階をもっている。琉球音階は沖縄本島始め宮古、八重山、与那国、与論、沖永良部島に分布し本土にはないと言われている。この音階は、ド・ミ・ファ・ソ・シで構成され西洋音階のレとラがない。これは小泉文夫氏が確立した理論だといわれている。小泉氏は民族音楽研究者で東京芸術大学音学部教授でもあった。琉球音階に似た音階を持つ音楽はインドネシアやチベット等アジアの広い地域に分布し、沖縄地方にのみ存在する孤独な音階ではないようである。琉球音階が存在する地域の音楽がすべて琉球音階のみで構成されているかといえば、それは違う。琉球古典音楽や琉球民謡には律音階といわれる音階が琉球音階を主とする曲の中に頻繁に顔を出す。又八重山民謡には律音階の曲が多い。
琉球音楽のリズムは、沖縄地方における祝宴やイヴェントのおひらきに演じられる「カチャーシ」と称する早いテンポの踊りに如実に現れている。これは沖縄地方人々の本土とは全く違うリズム感によるものであるという。このリズムについて小泉氏や金城厚氏は「後打ちリズム」言っている。その一例を沖縄民謡のかけ声でみると|・ サー| ッ サ|、|・ ハ | イ ヤ|というようにかけ声の前に時間的空間がある(・は休符)。しかし琉球音楽楽譜ではその表記は未だ確立されていない。
*小泉文夫(1927年〜1983年) :民族音楽研究者、元東京芸術大学音学部教授。1997年琉球大学非常勤講師。亡くなる2ヶ月前にも沖縄シンポジウムに出席するため来沖。
*金城厚 :県立芸術大学音学部教授。沖縄音楽の構造を研究で有名。
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琉歌は、主として沖縄や奄美地方に伝承されて来た、短詩形で、8、8、8、6(サンパチロク)の30文字を基本形としている。しかし、上句を5、5または7、5の文字、いわゆる和歌の形式を取り入れ、下句を琉歌の8、6の文字を取り入れた、和琉折衷形式の歌もかなりある。琉歌という呼び名は和歌に対する呼称といわれている。琉歌がいつ頃成立したかは定かではないが、15世紀末という説がある。三線が中国から伝来したのが14世紀末といわれていることからすると、およそ100年遅れて琉歌が成立したことになる。
16世紀末に、オモロや琉球三線音楽に秀でた「赤犬子(アカインコ)」という伝説上の人物がいて、三線を弾き、オモロや琉歌を歌い村々を巡ったという。彼をほめ讃える歌に「歌と三線の昔はじまりや、犬子ねあがりの神の御作」がある。この歌詞は、琉球王府最後の王尚泰の命により野村安趙(あんちょう)が1868年に編纂した「工工四(くうくうしぃ)」の巻頭言にも記されている。
18世紀中頃に編纂された琉球音楽譜「屋嘉比工工四」に楽曲と共に多くの琉歌が載っている。又18世紀末に編纂された最も古い歌集の一つといわれる編者不詳の「琉歌百控」にも数多くの琉歌が集録されている。琉歌はもちろんメロディーがなければ成立しないということでは無い。しかし琉球古典音楽も民謡も、基本的には30文字にあてはめられているので、自分の好きな曲あるいは歌詞に合う曲に乗せて歌う事が出来る。
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